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ローラ・スタテバント
コロンビア、ボゴタにて生を享く。
平成7年12月17日

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純粋で爽やかな風が、視野を広げる。

 

愛情と優しさをもって。

根源

私は、日曜日の正午、十二時ちょうどに生まれました。
光、光、そして光。まさに、オーロラが放つその光。
穏やかでありながら、同時に躍動していました。
私の気配の最も深いところから流れ出る思考。それらを、一歩ごとに蒔いていきました。

高級仕立ての世界は、言葉として表されるよりも前から、そこにありました。祖母は、ミラノやパリの最新のコレクションに並ぶ、最も洗練された意匠を取り入れていました。そして、その感受性と献身によって、それらを直感のままに、自然な美しさで形へと移していました。

文字を読むより前に、私はすでに意味を感じ取ることができました。美意識の異なる潮流の対比は、一つの概念というよりも、一つの体験として広がっていました。

複雑な古典音楽の旋律が、その空間に寄り添っていました。心を穏やかにしながら、同時に静かに誘いかけるように。
その構造、深み、そして動きは、ごく自然な関係を育んでいきました。そうして、調和のうちに結びついていきました。

 


 

医学は、世界を見つめるもう一つの方法として現れました。

母は、知識と、伝達と、在り方を結びつけていました。国際的な製薬会社の最新の知見を、さまざまな専門分野の医師へ届けていました。そのようにして、科学的な情報を、人への理解と結びつけていました。

観察には、開かれた姿勢と、共感が求められました。同時に、正確さと、確固たる意思も求められました。関わる一人ひとりが、それぞれ異なる視点を持っていました。その違いを理解することも、また過程の一部でした。

父は、慢性疾患の患者に携わっていました。そこでは、緻密な向き合い方が求められました。幅広い概念を理解し、それらが異なる分野から並行して結びついていることを捉えることで、安定した経過を支えていました。医学は、専門分野と、さまざまな要素と、一つひとつ異なる状況が織り成す、動的な統合となっていました。

解剖学もまた、思いがけない場面に現れることがありました。公園で鳥の羽ばたきを見つめ、その仕組みを理解し、その動きに宿る命を感じること。一つの問い、一つの観察、一つの理解する機会。それを、より多くの分野へ、人々の共通の幸福のために応用し、存在そのものを、そのままに味わうために。

外科は、知識のもう一つの次元を示しました。

臓器移植部門を率いていた継父を通して、私は、内にも外にも、落ち着きが何より大切にされる環境を知りました。

忍耐、献身、そして穏やかさ。それらは手技に映し出され、その場に寄り添う人々にも伝わっていました。

音楽は、集中と共に存在することができました。フランク・シナトラやビセンテ・フェルナンデスが、あらゆる動きに深い責任が伴う手術室に流れていることもありました。

手術の画像が、私自身の『NARUTO -ナルト-』や『犬夜叉』の画像と並んで、一台の共有コンピューターに保存されていることもありました。

異なる現実が、同じ空間の中で共存していました。

 

枝葉
 

自立は、いつも尊ばれていました。そして、協働の深さは、相性の深さに比例していました。視点やアプローチは、自然に異なることがあります。それでも、本質から響き合い、その場に在ること。

学びは、考えと考えを結ぶことから生まれていました。一つの説明が整合性を失った時、あるいは、一つの構造が要素を統合しきれなくなった時、探究への心が自然に湧き上がっていました。

私は、自分に求められることを果たし、自らの問いのために力を残していました。

私を惹きつけたのは、根源的な省察を宿した物語でした。

見た目の年齢と、私が自然に響き合っていた思想や潮流との間には、いつも隔たりがありました。

そして、ほかの形の関わりもありました。

水泳、乗馬、スケート、ゴルフ。

歌うこと、踊ること、描くこと、絵を描くこと。

地上の世界の繊細な趣を、天上の世界とのつながりの中で表現する、そのための形でした。


 

学問の選択は、既に存在する基盤を広げることから生まれました。

デザインは、主として外側の体系――流れ、美しさ、相互作用――を探究することを可能にしました。

心理学は、主として内側の体系――心、行動、知覚――を探究することを可能にしました。

けれど実際には、その両方が、双方の視点を結びつけています。ただ、その角度が異なるだけです。

観察と応用をつなぐ橋を保つ体系。

提案された枠組みを、中立で統合的な姿勢から捉えることで、繁栄に資する取り組みを形にすることが容易になります。

複雑な概念の中には、簡潔な形として現れるまでに、何年もの歳月を要するものがあります。

天のような存在と共に歩むことで、この歩みは、より豊かで、より楽しいものとなりました。

広がりを持つ考えを、現実の可能性へと変えていくことを可能にしました。

認知と感覚の知覚は、さらに広がり続けました。

そうして、多次元の超越へと至りました。

鳥たち
 

それぞれの要素は、それだけを見れば、一つの木のように見えるかもしれません。

ともにあることで、それらは、一つの神聖な森を形づくります。

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